



『喉頭の神経再建』であなたの声をまもる
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甲状腺の手術を行う際、がんの進行などのために声帯に指令を伝える反回神経を切断せざるを得ないことがあります。この神経が切断されると、かすれ声になったり、飲食時の誤嚥(間違って食べ物が気管に入る)を起こしやすくなったりします。甲状腺の手術においては、もう一つの喉頭の神経、上喉頭神経外枝にも注意する必要があります。この神経が麻痺すると高い声、力強い声が出にくくなり、長くしゃべると疲れます。女性と音声の専門家(歌手など)でこの障害が目立ちます。
隈病院では、従来の再建方法とは異なる「頚神経ワナ・反回神経吻合」という独自の発想で考案された術式も用いて、反回神経の再建手術を行っています。これまでに、約500名(2024年現在)の方の神経再建を行い、大部分の方が音声はほぼ正常近くまで回復し、誤嚥も軽減しています。
さらに最近、当院から世界で初めて「頸神経ワナ・外枝吻合」を行い、約73%の患者さんで高音がほぼ回復したことを報告しました。後で詳しく説明します。
声帯に指令を与える反回神経
反回神経は、声を出すときや食べ物を飲みこむときなどに声帯に指令を与える役割をしています。声帯は喉仏の中に左右2枚あり、息を吸う際には開きますが、発声や嚥下(ものを飲み込む)時にはその2枚の隙間を閉じます。声が出るのは、閉じた声帯を呼気によって上下に震わせることで音が出るという仕組みです。
この反回神経に甲状腺がんが食い込んでしまうと、反回神経を切らざるを得ない場合があります。また、甲状腺の周囲には様々な血管や神経が集合しており、難易度の高い手術であるため、誤って反回神経を切断してしまうことも確率的には低いもののゼロではありません。
反回神経が切断されると、神経からの指令が途切れることで声帯の筋肉が萎縮してしまい、かすれ声になったり発声時間が短くなったりするほか、声帯の間に隙間が開いたままになって、そこから食べ物が気管に入り誤嚥しやすくなります。誤嚥は肺炎を引き起こす危険性もあります。
『反回神経』を再建する方法
従来から、反回神経再建には、①切った反回神経を直接縫い合わせる、②神経の欠損が長い場合には別の場所から神経を持ってきて欠損部を補う、という2つの方法があります。しかし、特に②の方法は2か所縫い合わせることから難易度が高く、断念せざるを得ない場合もありました。
そこで、当時隈病院3代目院長を務めていた宮内昭医師が、独自の発想で頸神経ワナという別の神経と反回神経をつなぐ方法(頸神経ワナ・反回神経吻合)を考案・発表しました。なお、この方法は米国のCrumley先生がそれより4年前に報告していることが判明したため、宮内医師は世界で2番目の実施ということになります。
【反回神経再建術】
1.直接吻合
切った反回神経の端と端を直接縫い合わせる方法です。
2.遊離神経移植
反回神経をある程度の長さ以上切除すると、両方の端を縫い合わせることができなくなります。その場合に、別の場所の神経を何センチか切り取ってきて、神経の欠如している部分を埋める手法です。この方法は2か所で縫い合わせることが必要で、非常に困難な手技となるため、場合によっては断念せざるを得ないことも少なくありません。
3.頚神経ワナ・反回神経吻合
反回神経の近くを通っている頸神経ワナという神経を切って、これを反回神経に縫い合わせる方法です。縫い合わせるのは1か所のみであり、手術しやすい場所で縫合することができます。
反回神経は閉じる働きを伝える神経線維と、開く働きを伝える神経線維で構成されています。そして、上記いずれの方法を採ったとしても、神経を縫い合わせて再生する時にこの2つの神経線維の間にチャンネル間違いが生じてしまいます。つまり、声帯を開く筋肉と閉じる筋肉に指令が同時に伝わってしまうため、声帯を動かせず、一般的にはいつも閉じた状態になってしまいます。現在の医療技術では、この神経過誤再生を避けることはできません。
ただし、声帯の動きは回復できなくても、神経を縫い合わせたことで刺激が声帯に伝わるようになるため、萎縮からは回復します。声帯の萎縮がなくなりさえすれば、もう片側の声帯が正常に機能していることで、元の声に近い音が出せるようになるわけです。
「頸神経ワナ・反回神経吻合」を行えば、頸神経ワナと縫い合わせた反回神経側の声帯が萎縮から回復し、きちんと閉じるようになります。頸神経ワナは甲状腺の前面にある筋肉に指令を伝える神経で、この神経を切るとその指令を受ける筋肉は萎縮しますが、実際のところ機能的にも美容的にもほとんど問題がありません。
甲状腺の手術では、場合によって反回神経を切除する場合があります。隈病院では、患者の皆様の安全性やご負担を考慮して、このようなケースにおいては、反回神経の再建を甲状腺の手術と同時に施行するように努めています。「頸神経ワナ・反回神経吻合」によって、従来は再建が困難であった症例でも再建できるようになりました。
なお、現時点での保険制度では、甲状腺手術時に反回神経再建を行っても追加の料金をいただけませんが、隈病院では病院負担によって、このような努力を続けています。
【頸神経ワナ・外枝吻合術】
甲状腺の手術時によく遭遇する喉頭の神経には上記の反回神経(下喉頭神経ともいう)と上喉頭神経の外枝があります。この神経は反回神経の1/3程度と細く、しかも上甲状腺動脈・静脈の多数の枝に沿って走っているので手術中に肉眼的に確認・温存することは必ずしも容易ではありませんでした。10数年前から甲状腺の手術中に電気刺激によって反回神経を確認、温存することが行われるようになりました。当院ではこの手技を上喉頭神経外枝にも応用して、この神経の確認・温存に務めており、確認率・温存率が向上しました。すると、外枝を切除した場合には、外科医がそのことを明確に認識するようになりました。この神経を損傷すると高音、強い声をだすことができなくなり、長くしゃべると疲れます。症状は女性と音声の専門家で顕著です。有効な治療法はありませんでした。当院では、名誉院長宮内昭が甲状腺の手術中に外枝を切離してしまったことに気付きました。切った外枝の頭側の部分は見つけることができませんでした。そこで、これに対する善後策として、術中の判断・決断として頸神経ワナ・外枝吻合を行いました。患者さんには手術後に説明し、了解を得ました。
現在までに13名(女性12名)に頸神経ワナ・外枝吻合を行いました。高音音声は手術後に明らかに低下し、2-5ヶ月で多くの患者で高音が回復しました。手術後に詳しく検査した女性11人中の8人73%で高音の音声がほぼ正常域まで回復しましました。宮内らはこのことを米国の一流雑誌に報告しました。世界で初めての術式の報告です。完全な回復ではないが、ほかに有効な治療方法がないので、外枝の切除を要した場合には頸神経ワナ・外枝吻合を行うのが良いと考えています。